- 7:50
- 出社、メールチェック。
- 8:30
- 売上進捗の確認。
- 10:00
- グロッサリー部門の営業会議。
- 11:30
- 得意先との電話商談およびクレーム対応。
- 12:00
- 昼食。
- 13:00
- 日系スーパーマーケットへ外出、オーダーの受注と新商品の提案。
- 15:00
- 他店舗の視察と競合他社研究。
- 16:00
- 帰社、電話での受注確認。
- 17:30
- 日本のお菓子メーカーへ商品および店頭POPのオーダー。
- 18:30
- 帰宅。

入社後半年の研修を経て本当のチャレンジ、アメリカへ
私は現在、米国西本のLA支店にて、グローサリー(食品スーパー)向け営業を担当しています。2005年4月に入社して、半年間は西本貿易にて研修を行い、アメリカの就労ビザが取得できた時点で米国西本での勤務が始まりました。
私は学生時代にイギリスへの留学経験はありましたが、アメリカには行ったこともありませんでした。実はこんな私が果たして就労ビザを取れるのか、またアメリカで生活しながら働くことができるのかと、当時は不安も募りました。ビザ発行のためにはアメリカ大使館で面接があるのですが、面接官はアメリカ人。当然、面接本番は英語でのやりとりなので、会社の採用面接と同じくらい緊張しましたね。日本の職場での半年の研修期間は多くの方々に本当にお世話になり、ようやく仕事にも慣れてきた頃、無事ビザを取れたという連絡がありました。日本のスタッフの方々との別れは寂しかったですが、私の本当のチャレンジはここから。晴れて米国西本の一員となりました。
海外で働く醍醐味を感じたニューヨーク支店
2005年10月に渡米し、まずは同期と一緒にLA支店で研修を受けました。最初、米国人事部での研修で英文の手続き書類を受け取ったとき、「あぁ、自分はアメリカで働くんだなぁ」と初めて実感しました。
この研修では弊社の取扱商品の学習や営業同行が主で、まず営業として必要な知識を習得します。約1ヶ月の研修終了後、いよいよ各支店に配属されます。私が最初に配属されたのは、希望勤務地でもあったニューヨーク支店。この支店は、大都市マンハッタンも含まれるダイナミックなマーケットを担当しています。これから何が待っているのか、大きな期待と不安を胸に、暖かいカリフォルニアの地から寒さの厳しいニュージャージー州への移動となりました。
実際にアメリカで営業を始めて感じたことは、日本食だけでなく韓国や中国の食品も含めた本当に多くの商品を取り扱っているということ。そしてその分オーダーの量も種類も膨大であるということです。従って、私の当面の課題は、膨大な商品とお客様をしっかり覚えることでした。どの販売先で何が売れるのか、何が求められているかを知るために、当時はとにかくお客様を訪問することから始めました。配属当初とくに大変だったのは、マンハッタンを車で営業して回ること。大都会なだけに交通量も多く、運転の荒い人も珍しくない街でしたから。しかし足しげく訪問し続け、次第に訪問先の方と打ち解けてくると、お客様からアメリカの生活の知恵を教えていただいたり、逆に私から日本の流行を教えたりと、異国の地で人脈が広がっていく楽しさを味わうことができました。海外での人脈の広がりは、ビジネスの広がりだけでなく、さまざまな文化との出会い、相互理解の促進という面もあります。これが海外で働くことの醍醐味のひとつではないでしょうか。
何しろすべてが初めての経験ばかりでしたから、ニューヨーク支店での1年間、公私共にがむしゃらに過ごしました。ここで覚えた営業のノウハウやお客様との付き合い方、アメリカ生活のコツが、その後の私をしっかりと支えてくれています。
日本食文化が浸透したLAマーケットを相手に奮闘
2006年から、私はロサンゼルス支店へ異動となりました。希望勤務地から離れることになったのは残念でしたが、さらに大きな規模の仕事を与えられ、大手のお客様の担当として、その交渉や取引を一手に任されたのです。入社2年目の私にこんな責任ある仕事がやり遂げられるだろうか、と心配になるほどでしたが、逆に成長途上の私の可能性を認めてくれ、大きな仕事を与えてくれた会社に今では感謝しています。もちろん、大きな仕事を仕切るということは会社から更なる成果を求められるということです。それを肝に命じて高い意識を持って仕事に臨んでいます。
最近では企画・提案型の営業に推進できるようになりました。これまでのように、ただ注文を受けて販売するだけでない、“仕掛ける”営業です。例えばイチゴの季節にはスーパーのチラシで告知してフェアを開催したり、店内で実演販売を実施して売上を向上させたこともあります。例えば、現地のお客様に調理法が浸透していなかった『ちらし寿司の素』を実演販売することで、広く知ってもらい売上を大幅アップさせたり、自分が推す日本酒の銘柄を注力商品として展開し、現地に根付かせることにも成功しています。
渡米前に私が予想していた以上に、アメリカにおける日本食の広がりは進んでいます。需要も日本人もしくは日系人向けだけだろうと思っていましたが、韓国、中国、そして現地の米系マーケットにまで日本食が人気を博しています。特にLAはニューヨークと同様に人種のるつぼで、今後も日本食の需要が拡大する余地が多分にあるエリアだと思います。そのマーケットをしっかりと捉えるため、次はどんな企画を提案しようかと、私の頭の中は新しいアイデアが渦巻いています。
多様な国籍・ルーツをもつスタッフと目指す未来
LAは人種のるつぼと書きましたが、それはオフィスを見回してもはっきり分かります。さまざまな国籍・ルーツをもつスタッフが大勢働いており、オフィスには常に多様な言語が飛び交っています。それぞれ独自の文化や習慣、そして考え方を持っていますが、全員に共通しているのは仕事に対する真面目な姿勢、そして米国西本を盛り立てていこうという気持ちです。
お陰様で弊社の販売規模は拡大していく一方なので、私たち営業も非常に忙しい毎日を送っています。昼夜問わず急な納品を要求してくるお客様や、品薄な商品をオーダーしてくるお客様など、時には目の回るような環境で仕事をしています。しかし、営業一人ひとりができる限りの対応をしていくこと、それこそが、日本でもアメリカでもお客様からの信頼を勝ち得る唯一の方法だと思っています。


